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2026/07/29訃報で感じること

有名人の訃報だけでなく、私の身の回りでも病気や逝去の話を聞くことが増えてきました。自分と年齢の近い方々が亡くなられたり、闘病生活を送られているニュースを目にするたび、「自分にとっても死は決して他人事ではない」と強く実感するようになっています。

年齢を重ねるにつれ、死という存在が少しずつ身近な現実として迫ってきたことを感じる今日この頃です。

そんな中、NHKのドキュメンタリー『養老孟司のがん闘病に密着』を視聴する機会がありました。

東京大学名誉教授であり、長年「身体論」や「死生観」を唱えてこられた養老さん。人体の解剖や「死」に深く向き合ってきた方でさえ、抗がん剤治療で思うような効果が得られない中で、新しい治療につながる研究論文を読み、医学の進歩に期待を寄せる姿がありました。生きる方法を探し、諦めないその姿には、一見すると意外性を感じました。

しかし、その根底にある姿勢を知るにつれ、深い感銘を受けました。 生も死も、自然のプロセスの一部です。病気や老い、死といった「自分の思い通りにならないこと」を力ずくで制御しようとするのではなく、それらを自らの一部として受け入れ、あるがままに生きる――。

ご自身のがん闘病においても、自分の身体を客観的に観察しつつ、過剰にジタバタせず淡々と日常を重ねていく。その佇まいからは、ご自身が唱えてきた「身体論」と「死生観」を自らの体で実践し、検証されている研究者としての強い覚悟と凄みが伝わってきました。

翻って自分自身を見てみると、養老さんのように「あるがまま」を受け入れる覚悟はまだ到底持てず、煩悩や迷いに振り回されてばかりです。

それでも、自分の人生や心の中を少しずつ整理していく年齢に差し掛かっているのだと感じています。すぐには覚悟が決まらなくとも、日々の生活を大切にしながら、自分の生き方や死生観と静かに向き合っていきたいと思います。

M・M